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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)175号 判決 1994年4月25日

原告

中江良光

被告

宮村常代

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇八二万八五九〇円及びこれに対する昭和六一年五月一七日から支払済みまで年五分の割合の金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一八〇〇万円及びこれに対する昭和六一年五月一七日から支払済みまで年五分の割合の金員を支払え。

第二事案の概要

道路を横断歩行していた原告が、被告運転の普通乗用自動車に衝突され、傷害を負つた事故に関し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  当事者に争いがない事実及び証拠上容易に認められる事実

1  被告は、昭和六一年五月一七日午後四時三〇分頃、滋賀県近江八幡市千僧供町四一三番地先道路において、普通乗用自動車を運転して、時速約二五キロメートルで、国道八号線方面から竜王町方面に進行するにあたり、進路前方右側より道路中央部分に飛び出してきた原告に自車前部を衝突させた(本件事故)。

2  原告は、本件事故によつて、顔面外傷、全身打撲、口腔内外傷、上顎前歯抜去、上顎歯槽骨骨折、下顎骨骨折の傷害を負つた。

3  被告は、前方左側にいた幼児らに気をとられ、前方及び左右の注視を怠つた過失により、進路前方に急に進出してきた原告に気付かず、本件事故を引き起こしたものであるから、民法七〇九条に基づいて、本件事故による原告の損害を賠償する義務がある。

4  原告は、前記各傷害の治療のため、昭和六一年五月一七日山口病院を経て、同日から同年六月二〇日までの三五日間と昭和六二年二月二七日から同年三月一二日までの一四日間、大津日赤病院に入院し、その後、平成二年三月二〇日までの間に五五日間実通院した(山口病院に関して、甲一二、一四)。

5  原告には、本件事故に基づく後遺障害として、顔面の外貌に著しい醜状を残すものとして、一二級一三号の認定を受けた。

6  被告の原告に対する既払い金は五一五万四四二九円である。

二  争点

1  将来治療費の必要性

(一) 原告主張

顔面の整形手術代一二〇万円、歯科矯正及び補綴費用二五三万八一九〇円、手術のための入院に伴う母親の交通費二万五二〇〇円、付添費(休業費)一一万五〇六〇円、慰籍料二〇〇万円が必要である。

(二) 被告主張

知らない。なお、母親の交通費、付添費は必要ない。

2  後遺障害のうち、歯牙障害、咀嚼機能及び言語機能の障害、頭部の線状痕の有無、程度

(一) 原告の主張

原告は、一〇本の歯の補綴が必要であるから、歯牙障害については、自賠責における後遺障害等級一一級に該当し、咀嚼機能及び言語機能については、九級八号に障害を残し、他に頭部に約八センチメートルの線状痕があるものであるから、併合して八級の後遺障害と考えるべきである。

(二) 被告の主張

争う。

3  後遺障害逸失利益

(一) 原告主張

八級の労働能力喪失率である四五パーセントを前提として、賃金センサス昭和六三年産業計企業規模計男子労働者一八歳から一九歳の年収一九六万九九〇〇円を前提として、新ホフマン係数を用いると、左の計算となる。

196万9900円×0.45×19.573=1735万0583円

(二) 被告主張

歯牙障害は、通常、労働能力に影響を及ぼすことはないと考えられるので、労働能力の喪失割合やその存続期間について慎重な判断が必要である。

第三争点に対する判断

一  将来治療の必要性について

1  顔面醜状に対する関連費用について

甲六、原告法定代理人母本人尋問の結果によると、原告は、前記認定の本件事故による傷害によつて、別紙図面(一)のとおりの左頬下口唇瘢痕拘縮の障害を受け、平成二年三月二〇日症状固定の診断を受けたが、主治医は、その約一ケ月後、今後二回形成手術をすると症状は緩和し、一回目の手術としては七、八〇万円を要する旨説明をしたものの、費用の関係で未だ右形成手術がなされていないと認められる。

右認定事実からすると、右形成手術を経れば、現在認められる後遺障害よりも症状が緩和されるものであるから、後遺障害を前提とした請求と双方を認めると二重に障害を考慮することになるので、この治療費を否定して、後遺障害によつて評価すれば足りるというべきである(なお、手術後も、障害が残ることもありうるので、治療費のみを認め、後遺障害を認めることは、現症状をすべて評価したものにならない可能性もあるので、これも正当ではない。)。

2  歯牙矯正治療の関連費用について

(一) 前記認定の原告の傷害に甲七、九、一四、七七、九一ないし九三、九五ないし九七、乙三の二、検甲一ないし九、証人大前の証言、原告法定代理人母本人尋問の結果を合わせ考えると、以下の事実が認められる。

本件事故によつて、原告(昭和五六年一月二一日生、本件事故当時五歳)の左右乳中切歯、左右乳側切歯、右第一乳臼歯が完全脱臼しており、右乳犬歯は動揺大で保存不可能な状態のため、止むなく抜歯されたので、乳歯の早期喪失によつて、永久歯列の並び方に問題が生じ、咬合に問題が生じたばかりか、上顎歯槽骨骨折のため、永久歯の形成が阻害され、上顎前面の歯根形成不全等の障害(左右中切歯、側切歯の歯根形成不全及び湾曲、右犬歯及び第一小臼歯の歯根形成不全、右第二小臼歯の歯根湾曲、左犬歯の水平埋没と左乳犬歯の交換遅延)がある他、上顎歯槽骨骨折のため上顎の発達が不十分となつたこと、下顎骨複雑骨折によつて、下顎の関節窩が著しく前方に位置することとなつたことのため、下顎前突となつて、今後下顎の成長を抑制しなければ、著しい咬口不良となる可能性がある。

そして、今後の処置としては、現在原告に継続的に治療にあたつている大前医師の平成五年一二月八日の判断によると、まず、下顎の点については、その成長を抑制するように努め、ある程度抑制できれば、成長の終了時点である二〇歳前後に、下顎の歯列と上顎の歯列を矯正して咬口するようにそれぞれの顎骨に納めるが、抑制ができなければ、下顎の骨を切る手術を要する。

次に、上顎前面の歯列の並び方を原因とする咬合の問題については、大前医師の同日の判断によると、継続的な矯正を要する。

最後に、上顎前面の歯根形成不全等の障害については、平成四年九月二九日の赤十字病院の北川医師の判断によると、左右中切歯、側切歯の歯根が短く、将来抜歯、補綴処置の可能性が極めて大きく、上顎左右犬歯、右側第一小臼歯、第二小臼歯が骨内に埋没しており、将来抜歯、補綴処理を行う可能性が極めて大きいというものであつて、大前医師の平成五年一二月八日での判断によると、左右中切歯、側切歯については、歯根形成不全からそのままでは咀嚼機能が害され、右犬歯・右第一小臼歯は生える可能性はあるが、同様に、歯根形成不全からそのままでは咀嚼機能が害され、右第二小臼歯及び左犬歯は生えない蓋然性が高く、最善のことを考えても、上顎の形成不十分によつて並べられる本数が減少せざるをえないこと及び歯根形成不全の歯があるので、六歳臼歯から六歳臼歯までの一〇本をひと固まりに繋ぐ形での補綴をすることが必要であるものである。

(二) そして、右大前の治療計画は、その前の担当医である北川の判断や原告の被つた傷害の程度、それまでの症状の経過、検甲一ないし九のレントゲン写真ないし原告の歯を現した模型と一致するものであり、相当なものといえ、少なくとも、それにおいて必要とされる矯正と補綴の将来治療は必要と解すべきである。なお、下顎の手術については、可能性は低くないものの、蓋然性までは認められないので、将来治療の必要性を認めることはできない。

二  後遺障害の程度

1  醜状について

顔面については、前記認定からすると、平成二年三月二〇日に症状固定したものであつて、その程度は、「男子の外貌に著しい醜状を残すもの」ということができる。

また、甲一〇六、検甲一一によると、原告は本件事故によつて、別紙図面(二)のとおりの頭部醜状痕を負つたと認められる。

2  歯牙障害について

前記認定のとおり、原告は、一〇本の歯の補綴を受けることが将来確実であることが認められる。そこで、その評価であるが、自賠の実務上は、<1>現実に喪失した歯牙に対し補綴したもの、<2>歯冠四分の三以上を欠損した歯牙に対し補綴したもの、<3>歯科技工上、残存歯冠部が<2>の状態となつたものに対し補綴したものないし未補綴であつても、喪失、抜歯、欠損、切除が確認できる場合に限定されているところ、本件の右第二小臼歯、左犬歯のように、歯が現実に生えて来ない蓋然性が高い場合もそれらの自賠の基準と同視することができることは勿論、歯冠に問題がなくとも、歯根が著しく形成不全で、咀嚼機能が害されているもので、将来補綴が必要不可欠な歯についても、同様に「補綴があつた」に相当すると判断すべきである。

そこで、原告の障害について判断すると、平成五年一二月八日時点での大前医師の判断によると、左右の六歳臼歯については、その歯自体の問題は認められず、それらの間の歯の問題のために補綴をするものであるから、その二本は、後遺障害の認定から除くべきであるが、他の八本の歯については、生えてこない蓋然性が高い、ないし歯根が著しく形成不全で、咀嚼機能が害されるものであるから、「歯科補綴を加えたもの」に相当し、原告には、一二級三号に相当する障害があると認めるべきである。

なお、前記の咀嚼機能の障害については、歯牙の障害によるものであつて、顎骨骨折や下顎関節の開閉運動制限等の他の原因によるものではないから、前記認定の歯牙障害において評価すれば足りる。

また、甲八、八八、九四、原告法定代理人親権者母本人尋問の結果によると、原告は、歯自体の障害によつてでなく、本件事故に基づく口腔内外傷、上顎歯槽骨骨折ないし下顎骨骨折によつて、原告にはダ行音とラ行音の置換という構音障害が発生したと認められるところ、軽快の可能性がある他、発音不能の音がないので、その障害の程度からは、言語の機能に障害を残すものとはいえず、等級認定する程の障害には当たらない。

3  併合

したがつて、原告の障害は併合一一級相当である。

三  損害

1  将来分を除く治療費 二七一万九三一五円

(原告主張二七二万四三九〇円)

二二一万三三五九円については当事者間に争いがなく、甲九八、一〇〇によると、おおまえ矯正歯科分四〇万九九四〇円及び大津赤十字病院歯科分九万六〇一六円について認めることができる。なお、京都大学形成外科分については、甲一〇一ないし一〇五によると、顔面醜状痕についての症状固定後のものであるから、特段の必要性の立証がない以上、その後遺障害慰藉料によつて判断すべきものである。

2  入院雑費 五万八八〇〇円(原告主張同額)

原告は、前記認定のとおり、本件事故に基づく傷害によつて四九日間入院し、一日当たり、少なくとも、原告主張の一二〇〇円の雑費を要したと認められるから、右のとおりとなる。

3  入通院付添費 五一万七七七〇円(原告主張同額)

原告は、前記認定のとおり、本件事故に基づく傷害によつて四九日間入院し、少なくとも原告主張の五五日間通院したことが認められるところ、事故当時の年齢からすると、入院中及び通院時には、原告の母親の付添が必要であつたと認められ、入院時については、一日分、通院時についても、通院先の病院と原告の住所地との距離からして一日分と評価すべきであるところ、母親の一日当たりの休業額は、甲三の一によると、五七五三円と認められるから、入通院付添費としては、少なくとも原告主張の額は認められる。

4  平成五年一二月八日までの入通院慰藉料 一八〇万円

(原告主張二〇〇万円)

原告は、前記のとおり、本件事故に基づく傷害によつて四九日間入院し、平成二年三月二〇日までの間、三年余りの間に、五五日間通院し、甲九八によると、その後も、歯科矯正治療のため、平成二年四月五日から翌三年七月九日まで、大津赤十字病院に通院し、平成四年一〇月二七日から平成五年一一月二〇日までおおまえ矯正歯科にほぼ月一回の割合で、計一三回通院したと認められるところ、原告の病状の程度、入院期間、通院期間・回数を総合評価すると、一八〇万円をもつて相当と認める。

5  入通院交通費 三万四七九〇円

(原告主張母親分一九万八五六〇円、原告分三万四七九〇円)

甲三の一によると、原告分を認めることができる。母親分については、入通院付添費で評価済みであるので、別個に認めることはできない。

6  医師への謝礼 六万〇三二〇円(原告主張同額)

甲三の一によると、原告は、右金額を医師への謝礼として支払つたと認められ、原告の前記の病状や治療経過からして、相当と認める。

7  文書料 三〇九〇円(原告主張同額)

甲三の一によつて認めることができる。

8  将来の治療費 二二三万八一九〇円

(原告主張三七三万八一九〇円)

前記のとおり、顔面形成手術関連の費用及び下顎の手術費用は否定し、歯牙の矯正及び補綴のための費用は肯定すべきところ、甲九六、証人大前の証言によると、その費用は、二二三万八一九〇円(混合歯列期から永久歯列期前記の矯正治療六六万七四四〇円、永久歯列期後期の矯正治療七四万六七五〇円、補綴費用八二万四〇〇〇円)と認められる。

9  将来治療に伴う交通費・付添費 否定

(原告主張三六五万三七一六円)

前記のとおり、顔面形成手術関連の費用は否定されるべきであるから、そのための交通費・付添費は認められない。

10  後遺障害逸失利益 三五五万〇七四四円

(原告主張一七三五万〇五八三円)

前記認定のとおり、原告の後遺障害は男子の外貌の著しい醜状一二級一三号と歯牙障害一二級三号相当の併合一一級であつて、他に、前記認定の頭部醜状痕、構音障害が認められるところ、一般的には、これらの障害は、労働能力の喪失に結びつきにくい障害ではあるが、前記の程度の醜状については対人関係についての影響が想定でき、将来の職業選択を狭めたり、収入を減じたりする可能性もあるところ、前記の程度であれば、構音障害がある程度残存することも参酌して、稼働年齢である一八歳から就労可能年齢である六七歳まで、平均して、原告主張の基礎収入である一九六万九九〇〇円の一〇パーセントの労働能力を喪失したと認めるのが相当であつて、中間利息を新ホフマン係数で控除し、事故時の原価を出すと、左のとおりとなる。

196万9900円×0.1×〔27.846{(67-5)の新ホフマン係数}-9.821{(18-5)の新ホフマン係数}〕=355万0744円

11  後遺障害慰藉料(含む将来の通院慰藉料) 四〇〇万円

(原告主張後遺障害分八〇〇万円、将来の通院分二〇〇万円)

前記認定の障害の程度からすると、男子の顔面の著しい醜状一二級一三号と歯牙障害一二級三号相当の併合一一級であつて、他に、等級認定に至るほどではないが、前記認定の頭部醜状痕、構音障害が認められること、平成五年一二月八日以後も、原告が二〇歳になるころまでの七年余、矯正及び補綴のため歯科への通院を継続しなければならないこと、その間は現実に補綴する後より、歯牙の状態は良くないと推認できることから総合すると、原告を慰藉するには、四〇〇万円をもつて相当と認める。

12  損害合計 一四九八万三〇一九円

四  既払い

右認定の損害額から、前記認定の既払い金五一五万四四二九円を控除すると、九八二万八五九〇円となる。

五  弁護士費用 一〇〇万円

本件訴訟の経過、認容額等を考慮すると、一〇〇万円をもつて相当と認める。

六  結語

よつて、原告の請求は、被告に対し、一〇八二万八五九〇円及び遅延損害金の支払いを求める範囲で理由がある。

(裁判官 水野有子)

(別紙図面第1)(別紙図面第2)

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